会報「乾坤」163号のご案内―2025・12・1発行―
会報「乾坤」163号が発行されました。会員の皆様には12月2日に発送しました。
〈会報ご希望の方は事務局に連絡ください。お送りします。〉
主な内容
見学会、寄稿2題、ふすまの集いに参加して、東京・山形 合同コンペ、
山形回想3名、
1P 第34回 見学会
上野の森 歴史散策
案内人 宝井琴鶴師匠(人文34回 綿貫麦)
報告 齋藤 彰事業部会長(理18回)
11月22日(土) 晴れ
歴史散策、講談会、昼食会の3部構成で盛り沢山の見学会であった。
第1部 秋の上野の山歴史散策
雲一つない秋晴れの爽やかな日、集合場所のJR上野駅 公園口付近は行楽客で混雑
していた。琴鶴師匠と弟子の琴人氏のガイドで、黄金色に輝く銀杏並木に秋の深ま
りを感じながら、上野公園を1時間半、5キロ程の散策を楽しみました。
第2部 講談会
電車で田町駅そばの「駒八ムスブ本店」(笹谷会長のお手配)に移動。
宝井琴人氏は一昨年に続き2度目で、演目は「藤堂高虎出世の白餅」。
琴鶴師匠は「秋色桜(しゅうしきざくら)」で、先ほど清水観音堂そばで見てきた「秋
色桜」に因んだ江戸情緒あふれる人情小話だった。
第3部 昼食会
豪華な松花堂弁当を堪能した。
昼食会の後は有志が残って、懇親会を行った。
2P 見学会に参加して
理1回 五十嵐吉郎
3P ふすまの集いに参加して
11月8日(土) 山形国際ホテル
人文8回 野田順一
ゴルフ部 高山会長とふすま同窓会 髙橋会長との間で、親善ゴルフの話が持ち上がり、単にゴルフを楽しむことに留まらず、本部と東京支部との親善交流にも寄与する。折角だから「ふすまの集い」にも参加して更なる親善を諮ろうという事になった。
4P 東京・山形 合同コンペ開催
11月19日(日) 蔵王カントリークラブ
人文8回 野田順一
ホテルから20分程上山に向かった蔵王竜山の裾野にあるコースで、県内では最初にできた本格コースです。蔵王の自然をうまく利用したアップダウンあり、クリークありの難度の高いホールが連続するコースです。
参加者 (山形) 野村一芳氏、戸石健二氏、大岩敏男氏、岩田雅史氏
(東京) 高山今朝雄 柴田憲彰、岩槻正志、土井正夫、野田順一 以上9名
5P 寄稿1 川柳遍歴
24回理甲 知久 明
平成13年(当時76歳)、盲腸炎になり入院した。友人に、5・7・5を並べて送ったところ、川柳は思ったことを17文字で自由に表現すればよい、頭の体操に川柳を始めなさい、という返信があり早速、NHKの口座に申し込んだ。
(知久 明氏は10月30日に亡くなりました。謹んでご冥福をお祈りいたします)
6P 寄稿2 核兵器開発120年史(前半50年)
理7回 清水 透
本年は、昭和100年、敗戦後80年の節目の年である。その中で忘れてはならないのは、核兵器が広島、長崎で実践使用されてから80年になることです。
7P概略年表 核兵器開発120年史(前半50年)
8P 山形回想1 散文 男が独り語ちる
文理 11回 阿部孝弘
1937年(昭和12年)、日中戦争勃発の年に生を受けてから今年5月米寿を迎えた。
子、孫たちに祝福されて思い出深い年となった。
旅立ち 昭和34年4月 北海道 別海町奥行臼駅(現廃線)を後にして山形に向かった。学寮生活・アルバイト・3年時の一大事件
9・10P 山形回想2 山形の生活回想
文理 18回 柴田憲彰
父の実家のあった山形県大石田町で1947年(昭和22年)4月1日生まれ、78歳になった。今般、原稿依頼を受けたのを機に、「自分と家族を中心に山形での生活を回想」してみることにした。
11P 山形回想3 山形と私
人文14回 丹野芳和
北海道出身、山大受験まで北海道を出たのは3回しかなかった。小学生の頃の家族旅行(仙台、岩手、青森)、中学の修学旅行(弘前、十和田湖)、高校の修学旅行(奈良、京都)。
大学時代・社会人になって・そして現在。
12P・事業の案内と予告・ 編集後記 人文13回 髙橋廣樹